ノー・カントリー
暴力の歴史は、常にその時代を生きる人間の想像を超えた暴力の到来により、塗り替えられていく―。
人間の世界のおける、正義と悪の世代交代を描いた作品。
原題は、『No Country for Old Men』、「老人に国なし」。
原作は、コーマック・マッカーシーの『血と暴力の国』。
コーエン兄弟監督作品。
麻薬組織の壮絶な殺し合いが起きた現場で、幸運(?)にも大金を手に入れた若者ルウェリンと、彼を狙う最凶の殺し屋アントン・シガーとの追跡劇が進行していく、この映画。
クライム・アクション?サスペンス?
……と思いきや、物語の本筋は、その2人の闘いを追う1人の老保安官の、揺れ動く「正義の心」について。
かつて強い“正義の炎”を燃やし、悪を倒して来たベル保安官は、自身のテリトリーで起きたとある殺人事件から、理解不能な“悪”の存在を感じる。
その悪の正体こそ、ルウェリンを追う殺し屋アントン・シガーであり、殺人事件は、ルウェリン追跡中のアントン・シガーが起こしたものだった。
アントン・シガーには、人間が普通に持っている利害感情など一切関係なく、彼は自身が作り上げてきたルールにのみ従って動く。
ルールを破ったものは、依頼人であろうと始末する。
アントン・シガーは一つの“記号”として、この世に存在し、殺し屋という姿で人間に関わっていく。
それはまるで、「自然の猛威」や「死」そのもの。
引退間近のベルは、その悪の存在を知り、弱まりつつある自身の正義の炎を改めて実感する。
「もう自分の出番は終わり、自分の手には負えない悪がはびこりつつあるのだ」と。
しかし、ベルは若きルウェリンの危機を見逃すわけにいかず、葛藤しながらも、2人の影を追い続けるが、常に後手に回り、いつまでも2人に追いつくことはできない。
行き場や居場所を失った、消えかかる正義の炎は、決して交わることのない若き暴力の衝突を、ただ傍観者として見つめるのみ。
ベルの「正義」としての存在理由は、そこにはすでになくなっていた。
「老人に国なし」。
ベルが2人に辿り着いた時には、パーティーはすでに終わっているのだった。